♪ イカすじゃないか 西銀座駅前

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昭和32年(1957)百貨店そごうが開業して、集客効果を狙ったフランク永井の『有楽町で逢いましょう』が大ヒット。その翌年、5月には、フランク永井の歌う『西銀座駅前』がリリースされ、こちらも大ヒットします。
7月には日活で同名タイトルの映画が公開され、西銀座駅周辺の風景が数多く映し出されます。有楽町と同じく、「西銀座」が「最先端の街」として盛り上がりました。

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西銀座駅前/フランク永井(昭和33年)

『西銀座駅前』 作詞:佐伯孝夫 作曲:吉田正 歌手:フランク永井
 ♪♪ ♪ABC・XYZ これは俺らの 口癖さ
 今夜も刺激が 欲しくって
 メトロを降りて 階段昇りゃ
 霧にうず巻く まぶしいネオン
 イカすじゃないか 西銀座駅

実は「西銀座」という地名の街は、その時も、今もありません。
それでは、「西銀座」は何ななのか。
それは、丸ノ内線が出来たときの西銀座駅の「西銀座」のことでした。まさに「西銀座駅前」でしかなかったのです。
しかし、その「西銀座駅」の呼称も、使われた期間は昭和32年(1957)から昭和39年(1964)までの8年だけでした。
昭和39年(1964)8月に、日比谷線が開業して東京メトロは、銀座線、丸の内線、日比谷線の3路線の駅が接続します。
そのことで「西銀座駅」は「銀座駅」に改名されてしまいます。

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現在のメトロ「銀座駅」入り口

今、鉄道のコースを見ても「西銀座駅」はありません。
「東銀座駅」はあります。日比谷線浅草線の2路線が乗り入れています(中央区銀座4丁目)。その名のとおり、銀座駅の東側にあります。

『西銀座駅前』 作詞:佐伯孝夫 作曲:吉田正 歌手:フランク永井
   ♪♪ ♪ABC・XYZ そこのクラブは顔なじみ
  酒には弱いが 女には
  強いといった 野郎もいたが
  何処へ消えたか 泣き虫だった
  イカすじゃないか 西銀座駅

そもそも、西銀座駅という名前は、銀座の西になるから、というのではなく「銀座西」という地名が存在していたから来ていました。
銀座西の地名は、現在の銀座2丁目から銀座5丁目まで南北に長く延びていて、1丁目から5丁目まで存在していました。
「銀座西」は少し呼びにくいので、「西銀座」という呼称でよく言われていたようです。それで「銀座西駅」でなく
「西銀座駅」になったとされたということです。「銀座西」の地名は、住居表示の実施により、昭和43年(1968)に姿を消しました。

地下鉄の駅名から西銀座は消えてしまいましたが、高速道路の高架下のショッピングモールに、いまも「西銀座デパート」の名は残っています。
高架下のショッピングモーは、5丁目の泰明小学校裏のブロックは「銀座ファイブ」、3丁目から1丁目にかけてのブロックは「銀座インズ」と言います。銀座ファイブの旧称は数寄屋橋ショッピングセンター、銀座インズは有楽フードセンターと言いました。
開業当初から改称していないのは4丁目エリアの西銀座デパートだけです。
もっとも「西銀座デパート」の名称はどこにも掲示されていません。「NISHIGINZA」です。旧称「西銀座デパート」と記しているお店もあります。

西銀座デパートの開業は昭和33年(1958)の10月でした。
数寄屋橋の下を流れていた外堀川の埋め立てと高速道路の工事が立ち上がったのは、昭和28年(1953)のことです。
数寄屋橋も消えました。現在高架に、新数寄屋橋の名称がつけられています。

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さてこの高速道路高架下の高架下のショッピングモーは、当初別の案があったようです。
「最初の計画では、もっと壮大なビルの建設が予定されていたとのことです。
それは、地下4階・地上12階という巨大なもので、地下はすべてガレージ、地上2階は駐車場、その上の2階を2車線の高速道路が走り、
そして、3階以上はオフィス街……という計画だった。ということです。
最近のように、縦に長い、高層ビルが建つ予定だったのです。「スカイビルディング計画」となずけられていました。
もしそうなっていたら少し鬱陶しい街並になっていたのではないかと思います。

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昭和33年(1958)10月にオープンした西銀座デパートは、地下2階、地上2階で、収容店舗約60軒と現在とほぼ変わっていません。
西銀座デパートのの上を走る高速(東京高速道路)の土橋(銀座8丁目)・城辺橋(銀座1丁目)間が部分開通するのは翌昭和34年(1959)6月のことですがが、昭和32年(1957)の暮れに丸ノ内線・西銀座駅が開業。
昭和33年(1958)に入るとフランク永井が『西銀座駅前』を出し、これが日活で映画化されました。
つまり、そういう「西銀座ブーム」の中で、西銀座デパートは幕を開けたのでした。

『西銀座駅前』 作詞:佐伯孝夫 作曲:吉田正 歌手:フランク永井
     ♪♪ ♪ABC・XYZ 若い二人はジャズ喫茶
  ひとりの俺の行く先は
  信号燈が 知っている筈さ
  恋は苦手の 淋しがりやだ
  イカすじゃないか 西銀座駅

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映画「西銀座駅前」は巨匠今村昌平の監督第2作目の作品です。東京銀座を舞台とした喜劇です。
フランク永井が歌った「西銀座駅前」がヒットしてしたので作られた歌謡映画です。
映画に、フランク永井も登場していて、ところどころで、さりげなく登場して、状況を紹介するという不思議な役どころを勤めています。。
当時の社会的な流れで、歌がヒットすると映画が作られました。この「西銀座駅前」については、若き今村昌平に振られたわけです。
当然イヤといえないので、2週間程度で撮影を済ましてしまったようだと伝わっています。

以下補足です。

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「億の細道」

西銀座デパートのそばに、「億の細道」という名前の案内が立っていました。
平成4年(1992)、発売初日に1番窓口に並んだ人が1等を引き当てたことが話題となり、その運にあやかりたいと、1番窓口で買いたいというお客さんが列をなして、いつしか「億の細道」と呼ばれるようになったということです。今では西銀座チャンスセンターに来る人の約3割が1番窓口で宝くじを購入しているそうです。「億の細道」、言い得て妙です。
この「西銀座チャンスセンター」をもう少し先に行くと、歌碑「銀恋の碑」があります。デュエットソングの定番中の定番「銀座の恋の物語」の歌碑です。こらは次回に。

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キティちゃん(Sanrioworld GINZA 2F)
西銀座デパート の1階、玄関前に大きなキティちゃんが2体立っています。
「世界一の品揃えを誇る、世界最大のサンリオフラッグシップショップです。大人から子供まで、サンリオキャラクターの世界観に浸っていただくことが出来ます。」

フランク永井の『西銀座駅前』はよく口ずさみました。
 「A B C,X Y Z、それが~オイラの口癖さ~♪」