亀戸天神社と梅。

f:id:ktuyama:20210223133705j:plain

亀戸天神社本殿

亀戸天神社は、学問の神様として敬われる菅原道眞を奉祀する神社で、下町の天神さまとして広く知られ、一般には亀戸の天神さま、亀戸天満宮と呼ばれ親しまれています。本社の九州太宰府天満宮に対し、東宰府天満宮や亀戸宰府天満宮と称されていましたが、昭和11年(1936)に「亀戸天神社」を正称としています。
亀戸天神は、一般的には、藤の名所で知られていますが、梅(ウメ)の名所でもあります。

f:id:ktuyama:20210223133910j:plain

太鼓橋(男橋)からの本殿風景

境内には、菅原道真が愛したと言われる梅が約300本も植栽され、紅白の華やかな景色を見せてくれます。

f:id:ktuyama:20210223143139j:plain

境内が梅の並木道になっている。

菅原道真と梅の関係で言えば、菅原道真の和歌で誰もが知っている和歌があります。
「東風吹かば にほひおこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ」
(東からの風が吹いたら、匂いをよこしておくれ、梅の花。主がいないからといって、春を忘れるなよ)
太宰府天満宮飛梅伝説があります。
「東風吹かば」の歌はその「飛梅伝説」の始まりの歌としても有名です。
菅原道真が京都の自宅にある梅に向けて和歌を詠んだ後、残されていた梅の木がその返答として一晩で太宰府に飛来したといわれています。
これが飛梅伝説です。
菅原道真が、太宰府に左遷されていても、梅の和歌を詠むほど梅の花を愛していたのです。

f:id:ktuyama:20210223134218j:plain

拝殿に太宰府の梅の鉢が飾られている。

f:id:ktuyama:20210223134339j:plain

亀戸天神社の神紋

そうしたことで、天神様の神紋は梅です。

太鼓橋(男橋)と梅、そして藤棚です。

f:id:ktuyama:20210223134509j:plain

f:id:ktuyama:20210223134614j:plain

太鼓橋・心字池
正面から入って心字池に最初に架かる太鼓橋が男橋、その奥に架かるのが女橋と名付けられている。
大宰府天満宮に倣って造られたものだといい、橋と池を過去・現在・未来という人間の一生い見立てた「三世一念の理」に基づいて造られています。つまり、男橋が過去、真ん中の平橋が現在、女橋が未来を表しています。
また池には多数の亀が棲息していますが、鷺もいました。

f:id:ktuyama:20210223134714j:plain

琴柱灯篭。「琴柱灯篭」といえば兼六園ですが、亀戸天神社の方がずっと大きいです。

f:id:ktuyama:20210223134755j:plain

滝のような垂れ梅です。

f:id:ktuyama:20210223134920j:plain

本殿
元の本殿は昭和20年(1945)に空襲で焼け、戦後は前田家江戸屋敷にあった社を譲り受けて使っていましたが、現存する建物は昭和54年(1979の再建です。天満大神=菅原道真と天菩日命を祀っています。

f:id:ktuyama:20210223135355j:plain

亀戸天神社本殿の白梅

f:id:ktuyama:20210223135508j:plain

亀戸天神社本殿の紅梅

菅原道真(845-903年)は平安時代に活躍した学者・政治家で、天皇に重用され、出世を重ねましたが周囲の嫉妬を買い、左大臣藤原時平の陰謀により延喜元年(901)大宰府に流され、そのまま現地で亡くなりました。
道真の死後、藤原時平を始めとする関係者が相次いで怪死すると、祟りが噂され、これを鎮めるために建てられたのが天満宮の始まりです。
もう一方の祭神・天菩日命(アメノホヒ)は記紀神話に登場する神で、菅原家の祖神とされています。

f:id:ktuyama:20210223135633j:plain

亀戸天神社本殿と東京スカイツリー