2021-07-01から1ヶ月間の記事一覧
日比谷ゴジラスクエアのゴジラ 令和3年(2021)7月末日、テレビでオリンピック真っ盛りの時出かけ、『日比谷ゴジラスクエア』で「新・ゴジラ像」を見ました以下は、これまで、映画館以外で出会ったゴジラを整理してみます。 東京ミッドタウンの庭のゴジラ ◆…
広重が描いた『絵本江戸土産』の「猿若町」です。まずは、その「猿若町」について。 ■旧浅草猿若町 台東区浅草6-5-1「猿若町」の町名案内板です。「この地はその昔、丹波国(現在の京都府)園部藩主小出氏の下屋敷であった。天保12年(1841)、徳川幕府は天保の…
山谷堀公園・ 聖天橋 山谷堀公園を聖天橋から待乳山聖天まで歩きました。山谷堀(さんやぼり)公園は、かつての水路でした。正確な築年は分かっていませんが、江戸初期に荒川の氾濫を防ぐため、箕輪(三ノ輪)から大川(隅田川)への出入口である今戸まで造…
「待乳山聖天 本龍院」 隅田川、隅田公園のすぐ近くにある「待乳山聖天」は、好きな神社です。神社に「好き」というのはおかしいですが、奥浅草という感じで、奥ゆかしい思いがします。 「待乳山聖天」、正式には「待乳山本龍院」と称し、浅草寺をご本山とす…
歌川国芳『観世音霊験一ツ家の旧事』 諌める娘を恫喝する鬼婆が描かれています。 「姥ヶ池(うばがいけ)伝説」とか「一つ家伝説」とか「石の枕伝説」などとよばれる、一軒家に棲む老女が、宿泊する旅人をあやめて金品を奪っていたお話は、全国各地に見られま…
浅草寺にある銭塚地蔵尊の旗 ■銭塚地蔵尊(ぜにづかじぞうそん)●西宮市山口町に残る「銭塚地蔵尊」享保年間(1716~36)に摂津国有馬郡(現在の兵庫県西宮市)に山口某という武士の妻がおり、夫とふたりの子供と暮らしていました。貧しいながらも彼女は武士…
浅草寺には20体を超えるお地蔵さまがいらっしゃるるそうです。少し巡ってみます。 中央にお地蔵さま、左右には阿弥陀さま ●中央にお地蔵さま、左右には阿弥陀さま 中央のお地蔵さまは、我々衆生を苦しみから救ってくださる仏さまで、左右に奉安される阿弥陀…
元和4年(1618)に、浅草寺境内に東照宮が建てられた時、参道にかけられた都内最古の橋です。日光東照宮の神橋になぞられて造ったものだと言われています。 日光東照宮が出来たのは元和4年4月17日、同時に浅草寺境内にも東照宮を造り、家康を祀る東照宮を江戸…
浅草「雷門」前 ◆「雷門」は、浅草のシンボルですが、大提灯「雷門」の文字が記憶に残ります。雷門は創建以来、幾度も焼失と再建を繰り返しています。寛永12年(1635)に建立された門が同19年(1642)に焼失したのち、徳川3代将軍家光の発願により慶安2年(1…
江戸切り絵図 紀州中屋敷あたり 江戸切り絵図です。鮫ヶ橋坂など、町にも「鮫ヶ橋」の名称が見られます。門の前に橋の記号と鮫河橋の名が記されています。前回の、江戸名所図絵「鮫ヶ橋」に見られる橋です。その鮫ヶ橋地域の江戸時代のお話です。▼まずは、三…
四谷駅から歩くと迎賓館の少し先にみなみもと町公園があり、そこに交番もあります。その少し先を右に曲がると、みなみもと町公園一角とも言えるあたりに赤い鳥居が見えます。▼ブロック塀に囲まれ、鳥居には「せきとめ神」とだけ表記されています。鳥居の中に…
明治神宮外苑 いちょう並木青山通り入口のT字路に、入口の石垣に、段ボールの「東京城」というお城が飾れている、と教えてもらい観に行きました。 段ボールでできています。そばに行くと大きいです。そしてある意味とてもきれいです。左は、ブルーシートで包…
浅草寺の縁起絵巻のひとこまです。檜前浜成(ひのくまのはまなり)、竹成(たけなり)兄弟が、ご本尊を感得するの場面です。推古天皇36年(628)の)3月18日のことです。宮戸川(今の隅田川)のほとりに住む檜前浜成、竹成兄弟が、朝早くから漁をしていると…
童謡「鳩ぽっぽ」の歌碑 浅草の浅草寺境内に童謡「鳩ぽっぽ」の歌碑が建っています。滝廉太郎作曲、東くめ作詞により明治34 年(1901 )に発表されました。「鳩ぽっぽ」というので、 ♪ぽっぽっぽ 鳩ぽっぽ 豆がほしいか そらやるぞ みんなで仲良く食べに来い …
墨田公園の「花」の歌碑 言問橋のたもとの隅田公園に、文部省唱歌「花」の歌碑があります。武島羽衣作詞・滝廉太郎作曲「花」。♪春の うららの 隅田川、 のぼり くだりの 船人が 櫂(かひ)の しづくも 花と散る ながめを 何に たとふべき 文部省唱歌「花」は…
浅草神社の「夏詣」、鳥居の飾り 浅草に行きました。浅草神社にお参りすると、「夏詣」というイベントをやっていました。6月30日・7月1日から7日までです。「夏詣」、どういうことかと思ったら、正月の「初詣」に対して、半年後には「夏詣」をしましょう…