2021-03-01から1ヶ月間の記事一覧

英国人外交官アーネスト・サトウゆかりの屋敷跡

富士見坂 法政大学80年館前 アーネスト・サトウの碑 新見附橋から、靖国神社方面へ続く富士見坂を上り、法政大学80年館裏門にさしかかると、道路側に向いて銘板をはめ込んだ石碑があります。この地が英国人外交官アーネスト・サトウ(1843〜1929)ゆかりの屋…

牛ヶ渕と元九段会館。一部保存してオフィスビルへ工事中。

靖国神社の方から田安門の方にわたる歩道橋のそばに、桜が咲いていました。 歩道橋のそばに手に取るようにあった桜 その歩道橋から高燈籠ごしに牛ヶ淵の方を見ると、工事中がみえました。 歩道橋から高燈籠越しに牛ヶ渕の方を望むと工事の様子 田安門橋から…

2021年、コロナ禍の「千鳥ヶ淵の桜」

田安門から眺めた千鳥ヶ淵 徳川家康が、江戸入府したのは天正18年(1590)。相当数の家臣団を伴うため、まず飲料水確保が重要課題でした。そこで、家康がとった策は、江戸城の周りの小河川を堰き止め飲料水用ダム建設でした。それが千鳥ヶ淵と牛ヶ淵です。名前…

靖国神社「高燈籠(常燈明台)」

歩道橋の奥が靖国神社で,左に見えている銅像は「子爵品川弥二郎卿像」です。 田安門前に立つ靖国神社の高燈籠(たかとうろう)です。和洋折衷の不思議な建物です。明治4年(1871)に靖国神社(当時は東京招魂社)の前に、靖国神社に祭られた霊のために建て…

春の「小石川植物園」、桜が満開。

「小石川植物園」満開の桜 「小石川植物園」と呼ばれていますが、正式な名称は「東京大学大学院理学系研究科附属植物園本園」です。元々は、江戸幕府により薬になる植物を育てる目的で、貞享元年(1684)に開園された小石川御薬園です。江戸幕府は、人口が増…

文京区「播磨坂」の桜並木

茗荷谷駅から春日(かすが)通りを右へ進むと、大きな交差点にぶつかります。そこが播磨坂です。戦後の区画整理でできた「環状3号線」の一部として整備された時、江戸時代、この地にあった松平播磨守の上屋敷にちなみ、播磨坂と名付けられたと言われます。松…

コロナ禍の代々木公園の桜

代々木公園、青い空と桜 代々木公園の所在地は、陸軍の代々木練兵場でした。第二次世界大戦での日本の敗戦後にはワシントンハイツとなり、昭和39年(1964)の東京オリンピックで代々木選手村として一部が使用されました。その後再整備され、昭和42年(1967)…

「新宿ワシントンホテル」の「韋駄天尊」と「蛯子稲荷大明神」

▼西新宿の都庁の隣り「新宿パークタワー」あたりは、江戸時代から明治にかけて、『梅屋敷銀世界』と名付けられた梅園でした。その様子をしるには、歌川広重(2代目)が、慶応3年(1867)に『梅屋敷銀世界』を描いた「絵本江戸土産第10編 『四谷新町』」(…

昨年7月オープンした 新・飯田橋駅。「牛込駅の復活!?」

昨年7月オープンした飯田橋駅西口駅舎 コロナ禍であまりあちこちに出かけていないうちに、まちの風景が変わっています。飯田橋駅もそうでした。飯田橋駅に新しい西口駅舎がお目見えしたのは、昨年(2020年)7月のこと。JR飯田橋駅で乗り降りしなかったです…

与謝野鉄幹・晶子 麹町区の暮らしから。

「与謝野鉄幹 晶子 居住跡」の碑です。大正4年(1915)与謝野鉄幹・晶子は、麹町区中六番町から麹町区富士見町へ転居しています。その前後のことを年表で拾ってみます。明治32年(1899)(鉄幹26)11月~明治34年(1901)4月 麹町区上六番町45番地(千代田…

六番町を東西に伸びる番町文人通り

番町文人通り 六番町を東西に伸びる番町文人通りは島崎藤村、泉鏡花、有島武郎、菊池寛、藤田嗣治など多くの文化人が住んだ歴史ある通りです。現在では閑静な高級住宅街で、瀟洒な低層マンションがいくつも並び、その道沿いにはかつての文人たちに想いを馳せ…

「番町」の歴史を嗅ぎ取る。

江戸の「番町」を記した切り絵図です。すべて名前が載っています。大番組の旗本だったからです。千代田区の「番町」エリアは皇居の西南に位置し、高級マンションが建ち並ぶ住宅地です。江戸時代の旗本のうち、将軍を直接警護するものを大番組と呼び、大番組…

麹町の藤田嗣治(旧居)と佐伯祐三(墓)

麹町六丁目 安政3年(1856)の古地図 江戸時代の古地図で言えば、四谷見附から麹町に入るとすぐ左に、成瀬隼人正の上屋敷があります。現在で言えば、四ッ谷駅の麹町口を出て、道を渡るとすぐ、ということになります。成瀬隼人正は、代々尾張徳川家の付家老…